先照瑞初禅師
第四世
先照瑞初禅師せんしょうずいしょうぜんじ
- 晋山…大永四年(1524)
- 没年…天文十七年(1548) 六月七日
- 出身地…東濃
- 出生地…不明
御嵩町愚渓寺で修行を積み、ついで近隣諸禅師に参じたのち、大仙寺の功甫禅師の元に移った。まだ功甫禅師に見える前、八百津町伊岐津志の明鏡寺、光侍者という僧が瑞初の優れた才能を見抜く。その旨を功甫禅師に告げ、引き合わせた。功甫禅師もその大器なることを知り、ぜひ後継者にと心に決めた。
暫くして瑞初は大仙寺を離れ、宗派・曹洞宗を問わずに名のある僧を訪ねて修業を積む。再び大仙寺へ帰った瑞初は、既に法嗣(後継者)に足る人物に成長。大永四年(1524)正月に功甫が瑞初に与えた印可状は大仙寺に現存する。先照瑞初禅師は大仙寺・米山寺を兼住する傍ら、愛知県木曽川町黒田の劒光寺、坂祝町酒倉の長蔵寺を開山、犬山市栗栖の大泉寺を中興した。
天文三年(1534)九月に犬山瑞泉寺へ入寺、翌四年七月十六日に退寺した。晩年は栗栖大泉寺に老骨を休め、ここで遷化した。
大永四年(1524) | 大仙寺住持となる |
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天文二年(1533) | 二月 妙心寺板職に就任、座元の称を得る |
天文三年(1534) | 九月 犬山瑞泉寺へ入寺 |
天文四年(1535) | 七月十六日 犬山瑞泉寺退寺 |
天文十七年(1548) |
五月一日 以安智察へ印可状を与える 六月七日 大泉寺(愛知県犬山市)にて遷化 |
先照瑞初禅師の法嗣(後継者)
玉田宗琨と伝芳慈賢
玉田宗琨は妙心寺へ三住したほどの秀才で、天正九年(1581)ごろ良福寺の住持であったことが大仙寺所蔵『出家作法』一巻より知る事が出来る。 伝芳慈賢は天文十年(1541)ごろ少林寺に在住した。永禄八年(1565)秋、猿喰城主多治見修理を遂って城主となった川尻秀隆は、伝芳に帰依。坂祝町酒倉に長蔵寺を開いて伝芳を招いた。隠居の後、美濃加茂市深田に芳春庵を建立。天正十二年(1584)五月二十九日に遷化した。 伝芳・玉田ともに法嗣はなく一世で途絶える。
歴代住職年表
妙心寺聖澤派開祖・大仙寺開山
初代東陽英朝禅師
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近世初期の妙心寺を代表する傑僧
第八世愚堂東寔禅師
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第二世
太雅耑匡禅師
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第三世
功甫玄勲禅師
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第四世
先照瑞初禅師
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第五世
以安智察禅師
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第六世
惟天景縦禅師
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第七世
済北玄良禅師
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第九世
泰翁良倹禅師
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第十世
愚翁宗癡禅師
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第十一世
活山玄旭禅師
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第十二世
晩英祖英禅師
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第十三世
芳山祖海禅師
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第十四世
康林祖寧禅師
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第十五世
忠道祖仁禅師
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第十六世
玉凾周文禅師
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第十七世
毒湛匝三禅師
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第十八世
希叟東實禅師
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第十九世
至道到源禅師
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第二十世
敬宗宗勤禅師
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第二十一世
普門勝道禅師
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第二十二世
耕雲宗關禅師
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第二十三世
義耕宗閏禅師
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